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広島高等裁判所岡山支部 昭和29年(ム)1号 判決 1954年11月29日

再審原告 浜納寿治

再審被告 株式会社鳥取銀行

訴訟代理人 君野駿平

主文

本件再審の訴を却下する。

訴訟費用は再審原告の負担とする。

事実

再審原告は「広島高等裁判所松江支部が同庁昭和二七年(ネ)第六六号、控訴人浜納寿治(再審原告)、被控訴人株式会社鳥取銀行(再審被告)間の仮処分異議控訴事件について昭和二十八年二月六日言渡した判決を取消す。鳥取地方裁判所が右事件につき昭和二十六年七月十九日した仮処分命令を取消す。右事件に関する右被控訴人の仮処分命令の申請を却下する。右事件の訴訟費用は第一、二審共右被控訴人の負担とし、本件再審事件の訴訟費用は再審被告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、広島高等裁判所松江支部は同庁昭和二七年(ネ)第六六号、控訴人浜納寿治(再審原告)、被控訴人株式会社鳥取銀行(再審被告)間の仮処分異議控訴事件につき、昭和二十八年二月六日、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を言渡し、この判決は上告期間中に上告の申立がなく、上告期間の経過と共に確定したが、この判決には次のとおりの再審事由が存する。即ち、

一、原判決はその理由において「被控訴人と控訴人間に被控訴人主張のような売渡担保契約の存在することは当事者間に争のないところである。」と判示したが、それは信託譲渡担保契約が存在したことの誤認である。信託譲渡とは譲渡の目的が限定されてなされる財産権の譲渡であり、本件でいうと、譲受人たる再審被告(被控訴人)は債権債務の決済という目的以外の目的を以てしては目的物たる漁船海幸丸に対し権利を行使することを得ないところの義務を負うに至る右漁船の譲渡をいうのであつて、売渡担保とその趣旨において全く相異するものである。

二、原判決はその理由において「控訴人は該債務の辨済方法について昭和二十六年六月十四日当事者間において昭和二十七年五月末日までの間本件の担保物件を使用して得た利益金を以て辨済すべき約定が成立しておるから本件仮処分は失当であると主張するけれども、当裁判所が措信するを得ない原審における控訴人本人の供述を除いてはこれを認めるに足る適確な疎明がない」と判示したが、昭和二十六年六月十四日夕刻再審被告(被控訴人)方事務所応接室で当事者が交渉した事実と再審原告(控訴人)実弟米市忠吉を保証人として出頭方の催促のあつた事実とを綜合すれば、再審原告主張の様な約定が成立したことを窺うに足るのである。真実は、この約定成立以後、当時漁船入手の希望を有していた訴外岡島清吉が訴外城戸清治と相謀り、再審被告から本件担保物件たる漁船を譲り受けることにしたのであつて、原判示は誤認である。

三、原判決はその理由において「右昭和二十七年五月末日より後である現在となつては、か様な主張は本件仮処分取消の理由とならない」と判示したが、再審原告は若し本件仮処分がなかつたならば、仮処分命令が発せられた昭和二十六年七月十九日より昭和二十七年五月末日までの間に、本件担保物件たる漁船による全収入を以て再審被告に対する債務を完全に辨済し得たのである。不法なる仮処分をして債務の辨済を不能ならしめておきながら、辨済期に辨済をしなかつたのだからという理由で、仮処分の不法なることの主張をとりあげない原判決は誤判であるといわざるを得ない。

四、原判決はその理由において「原審における証人城戸清治、栃木寿夫、中村信晴の各証言によれば、控訴人は他にも多額の債務を負担しており本件担保物件をいつ処分するかもはかり難い状況である」と判示したが、再審原告は再審被告に対する債務を除き漁業者の生命線たる漁船を売却せねばならない程の負担を負うておらず、原判示は誤認である。

五、原判決はその理由において、再審原告が万一本件担保物件を他に売却せんか、再審被告が必らずしも充分に権利の満足を得られるとは限らないという理由により事態発生を防止する意味で本件仮処分はその必要があつたのである旨判示した。しかし、再審原告と再審被告との間には前掲一で述べた様な本件漁船に関する信託譲渡担保契約が存在したのであつて、再審原告は右漁船を他に売却しようとする意思をもつていなかつたのであるから原判示は誤認である。

六、原判決はその理由において「本件仮処分は右第五項の実現が危殆に瀕するに至つたのでその実現を確保するためしたものであるから、むしろ右第五項に則つて行われたもので聊もこれに違反するものではない」と判示したが、訴外城戸清治の虚構の一札を以て「右第五項の実現が危殆に瀕する」と判断するのは誤である。

七、原判決はその理由において「控訴人が本件担保物件を無償で使用し得るのは不履行のない間だけのことであつて、既に右第五項の実現が期待されないような事態に立至つたときにも尚且控訴人をして本件担保物件を無償で使用せしめるいわれはない」と判示したが、当事者間に競売施行までは再審原告をして無償で使用せしめるという特約があつたのである。再審被告はこの特約を無視し善良なる管理者の義務に違背して本件担保物件を仮処分命令後訴外岡島清吉に無償で使用せしめかつ、競売施行前に既に同訴外人にこれを譲渡して名義を変更したのである。原判示は誤認である。

八、原判決はその理由において「控訴人は原判決言渡後その主張のように本債務を完済したから本件仮処分は取消さるべきであると主張するが、控訴人提出の全疏明によるも右債務完済の事実を認むるを得ない」と判示したが、再審原告は本件債務元利合計五十五万一千六百八十円の残金五万一千六百八十円を昭和二十七年十一月四日鳥取地方法務局に供託して債務を完済したから原判示は誤認である。

以上掲記の原判決の誤認は結局原審証人の虚偽の証言を原判決が事実認定の資料としたことに基づくものであり、かつ、原判決には判決に影響を及ぼすべき重要な事項に関する判断の遺脱があつて、原判決には民事訴訟法第四百二十条第一項第七号および第九号所定の再審事由が存するから、既に確定した前掲原判決を取消し、鳥取地方裁判所が本件についてした仮処分命令を取消した上本件に関する再審被告の仮処分命令の申請を却下すべきことを求めるため本件再審の請求に及んだ次第であると陳述し、再審原告は原判決採証にかかる証言をした証人を偽証罪で告訴したところ、取調の結果、偽証罪の成立することは認められたが、情状により不起訴処分に付され、有罪の判決が下つたわけではないけれども、かような場合は民事訴訟法第四百二十条第二項後段に所謂「証拠欠缺以外の理由により有罪の確定判決を得ること能わざるとき」に該当するものというべく再審事由となるのであると述べ、再審被告の主張に対し、本件保全訴訟に対する本案訴訟の判決が再審被告主張のとおりの経過により確定したことならびに本件仮処分の目的物たる前示漁船海幸丸が既に競売に付され、競落されて、競落人に引渡済であることは認めるけれども、再審原告は本件違法な仮処分が原因して海幸丸が競売されるに至つた為、信用を失墜し、精神的にも非常な損害を蒙つているので本訴の利益がないとはいわれないと述べ、尚再審原告が再審事由を知つたのは昭和二十九年四月二十五日であると附陳した。

再審被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として再審原告の主張はすべてその独自の見解に基き既に確定した原判決の判断を攻撃するものであつて再審事由にあたらないのみならず、原判決には再審原告主張の様に判決に影響を及ぼすべき重要な事項に関する判断の遺脱は存せず、かつ、原判決採証にかかる証言が偽証である旨の再審原告主張事実は認むべき証拠がなく、民事訴訟法第四百二十条第一項第七号、同条第二項後段の要件を缺いでいる、又、本件保全訴訟に対する本案訴訟は漁船引渡請求事件であつたが、これにつき、第一審鳥取地方裁判所昭和二六年(ワ)第一三七号事件として同裁判所の判決があり、その第二審広島高等裁判所松江支部昭和二七年(ネ)第六三号事件として同裁判所の判決があつて、この第二審の判決はこれに対する上告の申立がなかつたためそのまま確定した、そこで本件仮処分の目的物たる前示漁船海幸丸は既に競売に付され、競落されて、競落人に引渡済であるから、本件再審の訴は訴の利益を欠いでいる、以上孰れの点よりするも本件再審の訴は不適法であるから却下せらるべきであると陳述した。

理由

よつてまづ本件再審の訴を提起する利益があるかどうかを判断する。

本件仮処分に対する本案訴訟たる漁船引渡請求事件につき第一審鳥取地方裁判所(同庁昭和二六年(ワ)第一三七号事件)、第二審広島高等裁判所松江支部(同庁昭和二七年(ネ)第六三号事件)の各判決があり、この第二審判決がこれに対する上告の申立がなくそのまま確定しその執行を了したことは当事者間に争がない。ところで、再審の訴は重大な瑕疵ある確定判決の是正をもその目的としていることはもちろんであるけれども、その終局のねらいは、これによつて不利益を受けた当事者を救済するにあることは、法が再審原告を確定判決に不服ある当事者に限つていることにより明らかであつて、その不服申立を訴の形式によらしめている点およびその手続についてはその性質に反しない限り各審級における訴訟手続に関する規定を準用している点からすれば、再審の訴を提起するには、ただ再審事由があるというだけでは足らず、通常の訴訟と同様、右訴提起についての利益があることを要するのである。

いま本件仮処分の場合をみると、その本案訴訟たる漁船引渡請求事件につき、第二審の再審原告敗訴の判決は広島高等裁判所松江支部昭和二七年(ネ)第六三号事件として確定し、既にその執行を了したことは当事者間に争がないのであるから、仮に本件仮処分判決に再審の事由ありとするも、判決前の原状にかえして弁論を復活続行することは無意味である。けだし仮処分は将来の強制執行保全のために本案判決確定にいたるまでの暫定的仮定的なものだからである。

再審原告は本件仮処分によつて損害を被つたと主張するけれども、右の如く既に仮処分判決の取消が無意味に帰する以上、再審の訴によつてはこれが救済を求めるに由なきものといわねばならぬ。

よつてその他の判断をするまでもなく本件再審の訴は却下を免れないから、民事訴訟法第四百二十三条第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 高橋雄一 裁判官 林歓一)

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